10年片思いした人を亡くした人のブログ

ブログ主はバイセクなので好きだった人も自分も男です。あんまり良いことは書いてないです。ブログ主はニートなので見ててイライラすることが多々あると思います。

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優しさには2種類あると思う
自分が辛い思いをしたことによって作り上げられる優しさと、自分が優しくされることによって作り上げられた優しさの2つ
どっちの優しさが上か?とか優劣はないけど、僕は辛い思いをしたことによって作り上げられた優しさが多い
実際高校の時も病んでたし、ニートしてる時期はそれ以上に病んでたと思う
けど、K君といる中で優しくされることの喜びを心から感じることができたことが多かった
だから、自分が優しくされたから優しくしよと思える瞬間ってのは多かった
僕はK君に自分の悩みとかはほとんど話してた
だから、今もネットの友達とかは悩み聞くようにしてる
特に歳下の子はよく僕に話してくれたりする
変ではあるけど、相手が自分に悩みを話してくれると心が癒される
相手の悩みを「ざまぁ!」と思ってるわけではなくて、心を開いてもらえる喜びを感じる
まあ、僕にはもうそんな人は居なくなってしまって、ただ1人で悩んで、1人でブログ書き続けるわけだけどね
人に優しくすることは大切だなと思う
理解出来ない感情はたしかにあるけど、それに寄り添えるような心の優しさが大切だと思う
僕はK君の横で大号泣したこと何回かあるけど、それはとても大切な記憶
泣ける場所があるのは良いことだと思ったし、僕も誰かのそういう場所になりたいとも思った
出来ればK君にとって、そういう場所でありたかったけどね
それは出来なかったけど
優しくしたら優しくされて来たわけじゃないから人に絶望感ばっか抱いてるけど、Kくんはその中でほとんど唯一の希望だった
「こんなに優しくしてくれる人もいるんだ」
っていうそういう希望だった
愛してたし、大好きだった
隣にいれる時は心が安心してるってのが自分でもわかるほどにわかった
僕はネガティブでいつも暗いものに付きまとわれてるけど、そういうのから守ってくれた
ただ隣にいるだけでもそういう気持ちになれた
もうあんなことは二度とないんだろうなと思うとかなり苦しくなる
悲しく、寂しく、辛く、冷たい日々が続くんだろうなと思う